一歩堂の考え方


 
>> はじめに
>> 考え方の三つの柱
>> 痛みとは?
>> 症状とは?
>> 治るとは?
>> 健康的自立
>> 自然治癒力
>> 変えられるもの、変えられないもの




少し話が長くなりますが、下の箇条書きに目をやる前に是非読んでみてください。

痛みや不快な症状というものは、誰にとってもつらいものですね。 早くそのつらさから逃れたいと思うのは、あたり前の事です。 でも、その時にちょっと考えて欲しいのです。

「どうして、この痛みや症状があるのだろう?」

よく腰をいためた時に、患者さんはあれこれと理由を持ち出してきます。 「重いものを持ったから」「流し台が低くて」「後ろを向く時にひねったから」「運転を長くしたから」 でも今までもそう言った事は何度もあったはずです。 多少痛くなっても、二、三日経てば治ってしまうのが普通です。 それがどうして今回はこんなに痛くなったのか、どうして何日も治らないのだろうかということです。それを考えて欲しいのです。

一歩堂では、最初に「問診」といって、あれこれ患者さんにお伺いします。 その中で必ず聞く事があります。

「その痛みが起きたその頃、それ以前に環境が変わったとか、何かありませんでしたか?」

そうすると患者さんは初め 「何もありません」と答える場合がほとんどです。それは、その事と痛みとが結びつくはずは無いと思っているからです。 でもあれやこれやと話しているうちに、「実は新しい部署に移ってから、人間関係が...。」「主人が定年で、家にずっといるんです。」「近しい人が亡くなって...。」というような話が出てきます。 実は、本当の原因はそこにある場合が多いのです。

ストレス、不安、ショック、怒りは緊張を生みます。緊張は血流やエネルギーの流れを阻害します。特に日頃弱い部分や疲れやすくなっている部分はその影響をより多く受け、酸素欠乏を起こし、そこに何らかの圧力が加わると、組織がダメージを受けてゆきます。そこでその部分を修復しようと、身体の自然な治す力(自然治癒力)が働き始めます。その時が痛いのです。

ところが不安要素が続いたままだと、自然の働きを邪魔する事になり、一連の行程をくりかえし、痛みはなかなか無くならないのです。それどころか痛みそのものがストレスを増幅してゆきます。

まず一歩は、そう言う事に気づくだけでも良いのです。 もちろんその原因が解決できれば良いのですがなかなか簡単にはいきません。「解決しなきゃ」というあせりがまたストレスになるのです。 ただそれをありのままに受け入れるのです。難しい事ですが...。

痛みや症状が起き、それがなかなか取れない時は、

「自分にとって今の不安要素は何だろう?」
「気づけばいいんだ、解決しなくてもいいんだ。」
「あぁ、今からだの中で自然の力が治してくれてるんだ。」

そう思えるようになる事、それがとても大切な事です。 そうすると安心感が生まれ、ストレスそのものも少なくなってきます。 ひょっとするとそういう考え方が根本の原因まで解決してくれるかもしれません。

これを薬で抑えたり、ただ痛みを取ることだけに気持ちがゆくと、その時楽になってもまた同じ事が繰り返されます。また大切な気づきにも出会えません。 つらい痛みや症状を伴う病気になるということは、ある意味で自分が変わる良いチャンスなのかもしれません。

こちら治療側の心構えとしては、自然の働きのお手伝いをして、より血流やエネルギーの流れがスムーズにゆくようにすることはもちろん、患者さんのお話をよく聞き、病気に対しできる限り安心感をもってもらうことが大切だと思います。

(もちろん、これがすべての痛みや症状の原因ではありません。当院で扱った ケースでの多い部分の話をしています。もしこの話で気分を害された方がいらっしゃたら素直に謝ります。)

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- 身体からの警告(シグナル)である
- 痛みは結果であって原因ではない(ただし、痛みが原因となって、不安とか恐怖が生まれる場合はある。それがまた痛みを誘発する)
- 原因を取り除いてあげれば痛みも消える。結果だけを取り除いてもまた再発する。 痛みは、身体が作り出すだけでなく、心が身体に作用して作り出す場合も多い
- 痛みは、治癒経過における反応の場合が多い

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- 治癒経過における体の反応である
- 身体(生命エネルギー)が病気を追い出す時のエネルギー消費である
- その人に固有の病気の表現である

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- 快適に日常生活を送れ、人生に目的を持てること
- また、無理をした時に病気になったとしても、 自分の身体を信頼して、自然治癒力に任せられること

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- 巷の健康情報に振り回されず、身体の声をよく聞き 自分なりの健康法を見つけられること
- また病気になった時も経過を見定め、生活習慣を改めることにより  自力で治癒に導くことができること

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本来人間の身体には、生命エネルギーというものがあって、 絶えず身体の中のバランス(調和)をはかろうとする働きがあります。 ホメオスタシスといって、これは人間に限らず森羅万象にも言えることですが...。

身体に病気が入ると、必ずそれを治そうとする働きがおこります。 それによりまた調和をはかるわけです。 しかし、薬などによって病気の症状を抑え込んだりすると、その働きをじゃますることになり治癒力はだんだんと衰えてきますし、生命エネルギーは混乱してしまいます。

まず自分の身体を信頼し、慈しみましょう。そこから自然への畏敬や、 他者への思いやりが生まれるのです。

一歩堂では、その自然治癒力のはたらきがスムーズに行われるような サポートとしての役割を果たしていきたいと思っています。

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病気の原因は、冒頭のお話のように精神的素因による緊張が作りだすものと、もうひとつは生活習慣の乱れによるものがあり、この二つが大きな比重を占めます。もちろん複合する場合が多いのですが。

生活習慣の乱れとは、いわゆる「過ぎる」「足りない」ということです。
働き過ぎ・食べ過ぎ・お酒の飲み過ぎ・勉強のし過ぎ・心配し過ぎ....。
運動不足・寝不足・栄養不足(これはあまりない)・会話不足....。

こういった習慣が続くと、組織、機能に負担が加重されたり、停滞をまねいたりします。それを身体がバランスをとろうとして治癒力が働くと、また症状が出てきます。それを繰り返すと病気は奥深く潜入し、なかなか治癒が難しくなります。 だから生活習慣を改善すれば、というのは簡単ですが、なかなか難しいことです。よっぽどの重症にでもならない限り、そうできないのが人間です。

不況、リストラの今、働きすぎるなといってもそうせざるを得ない状況があります。自分にとって、何が変えられるのか、何が変えられないのか、その分類をしてみることです。一つの習慣を変えるだけでも、身体は変わってきますし、物の見方も変わってくるかもしれません。

後は、受動的な癒しでなく、能動的な癒しの場をもつことです。 ただ映画を見たり、音楽を聴いたり、本を読んだり、確かに一時的には癒されますが、本当は自分が楽しいと思うことを、できるだけ頭でなく身体を使って創造してゆくことが本当の癒しになるのではないかと思います。

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